【トランスリンクニュース9】
米国判例に見る翻訳の留意点(5)
Mitsubishi Chemical v. Barr Labs. 435 F. Appx. 927 (CAFC 2011)
本件は、連邦特許高等裁判所が2011年8月に判決を出した少し古い事件であるが、特許翻訳の重要性が争われた事件であるので、紹介しておきたい。
本件特許USP5214052は、アルガトロバン注射液に関し、原告三菱が被告Barrを特許侵害で訴えたものである。本件では、被告Barrは、三菱の従業員である山本によって書かれ、本件特許出願前に発行された日本語文献から新規性がないと主張した。この事件では、地裁・高裁を通して山本文献にある一文の英語翻訳が適切かどうかが争われた。
ニューヨーク南部地方裁判所では、その日本語文献に関して4つの英語翻訳が検討された。そのうち地裁は三菱側の専門家Mr. Martin Crossの翻訳が唯一信頼のおけるものだと認定し、本件特許は山本文献から予測されるものではないとして、特許の有効性を認めた。
これを不服としてBarrが連邦高等特許裁判者に控訴したが、そこで被告は本件特許が山本文献から予測できるとしたうえで、地裁がMr. Crossの翻訳を採用したこと自体も争った。しかし、高裁もやはりMr. Crossの翻訳が信頼できるものと認めた。それは、その翻訳がきちんと日本語を母国語とする者によって確認され、しかも技術専門家によっても確認されているからである。一方で、被告Barrが提出したMr. AschmannとMr. Hartmannの翻訳は、翻訳に対応する原文のテキストが特定できないところがあり、信用することはできないとされた。Mr. Hartmannの翻訳に至っては、彼自身その翻訳に重大な誤りがあることが分かっていたし、翻訳にあたって日本語を母国語とする者に相談することもしなかった。それゆえ、この翻訳は信用できないとされた。また、Mr. AschmannとMr. Hartmannは、山本文献の問題となる一文をそのまま訳したと証言したのに対し、Mr. Crossはその部分の翻訳は大変難しかったと証言している。
本件裁判では、この山本文献から当該クレームが予測可能であったのか、また自明であったのかが争われたが、それ以前に日本語をどのように翻訳し、どの翻訳を採用するかによって勝負は決まっていたように思われる。このような翻訳問題は、特許訴訟に限らず特許出願でも起こり得るものである。特許翻訳をするにあたっては、出願人と十分なコミュニケーションを図りながら、できる限り疑問点を解決しながら翻訳していくことが大切である。また、外部に翻訳を依頼するときには、技術を理解できる専門の翻訳者に依頼することと、その翻訳を厳しく品質管理できる翻訳事務所を選定することが大切であるということを教えている。